中国電力株式会社 社長  白倉 茂生 殿
 山口県知事  二井 関成 殿
 経済産業大臣  二階 俊博 殿

日本ベントス学会 会長  向井 宏
(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 教授)


上関原子力発電所建設計画に関する詳細調査・環境影響評価についての要望書

日本ベントス学会は2000年12月に、上関原発環境影響評価中間報告書(2000年10月)についての意見書を提出いたし

ました。その後中国電力から2001年6月に公表された最終報告書を、当学会自然環境保全委員会で改めて検討し、また
現地の状況を視察した結果、希少種を含む生物多様性の高い特異な生態系の保護・保全にとって多くの問題が未解決の
ままであると判断いたしました。そうした中で、本年3月からは陸上での詳細調査が、また6月からは海上での詳細調査が
中国電力によって開始されました。しかし、陸上での詳細調査(ボーリング調査)の際に、環境保全計画を遵守せずに
濁水がそのまま排出されるという事態が発覚し、早くも沿岸海域への影響が懸念される現状に至っております。
日本ベントス学会では、自然環境保全委員会および本年9月に行われた全国大会(北海道厚岸町)での総会において論議を

積み重ね、ベントス(底生生物)の研究と保全の立場から、上関町長島の沿岸底生生物の現状が、その貴重さにもかかわらず
極めて憂慮すべき状態にあるという認識に至りました。そこで、われわれは以下の意見を表明するとともに、それを補足する
ための環境影響評価書及び詳細調査の問題点について申し述べる事にしました。本学会としても,今後とも底生生物の研究を
進め科学的な知見を集積し,環境影響評価等の実施に貢献したいと考えております。危機的な状況にある日本の沿岸の生物
多様性と生態系を子孫に残すため、われわれ専門家の意見を十分活用され、真摯な取り組みをお願い致します。

要望:
1)発電所建設予定地では、ヤシマイシン、ナガシマツボ(軟体動物門腹足綱),カサシャミセン(腕足動物門無関節綱),

ナメクジウオ(原索動物門頭索綱)等、多くの希少種・絶滅危惧種の生息が確認されている。2001年6月に公表された環境
影響評価報告書でも、これらの生物への影響評価が十分になされていないため、詳細調査を再開する以前に、再度、科学的に
適正な環境影響評価を行なうよう、強く要望する。
2)建設予定地周辺の海域はベントスのみならず、多くの魚介類が生息する生産性の高い豊かな漁場であり、海上での詳細

調査(ボーリング調査)自体が海域に及ぼす影響も懸念される。大がかりな詳細調査を実施する前に、海域の保全を考慮して、
作業規模と工法の検討を行うよう要望する。
3)陸上と海中の生態系は分断されたものではなく、物質循環を通じて相互に密接に関わっているものであることが、近年

(特に1990年台に入って)明らかになってきている。本建設予定地においても、陸上の詳細調査が海洋生態系、特に移動
能力の小さいベントス群集に大きな影響を及ぼすことが懸念される。今後、詳細調査を再開する場合には、沿岸のベントス
への影響を適正に評価し、希少・貴重種の保全に万全の配慮をするよう要望する。
4)ベントス希少種の保護と、沿岸域の包括的な保全のために、中立的且つ学術的な調査を行い、調査結果を全面的に公開

するよう要望する。

上記各項目と対応する最終報告書および詳細調査の問題点:
1)2001年6月に中国電力から提出された最終報告書には、日本ベントス学会が2000年12月に提出した意見書の内容が

全く反映されていない。例を挙げるならば、まず、カサシャミセンに関する記述が皆無であり、当然この種の保全策は全く
述べられていない。本種はかつては東京湾や瀬戸内海の各地に生息していたが、現在では長島の他瀬戸内海の一部でしか
見られないきわめて珍しい生物である。本種は有明海に生息するミドリシャミセンガイなどとともに、生物進化の研究上
貴重な種群であり、生物多様性の観点からも本種とその生息地の保全は強く求められるものである。しかるに、最終報告書に
おいては、カサシャミセンが生息する埋め立て予定地の玉石帯が全く調査されておらず、ベントス研究に携わる学会としては
極めて遺憾といわざるを得ない。本種は2000年1月に山口市で行われた日本貝類学会大会において、他の希少貝類とともに
長島での生息が報告されており、最終報告書に盛り込まれていないことは理解に苦しむ。また、出現生物のリストが不完全
であることは言うまでもない。リストに挙げられた出現種数に対して、具体的に種名が挙げられている種数は極めて少ない。
比較的多くの種名が出ている場合でも、全出現種の4分の1程度、顕著な場合には、100種近い動植物が確認されていな
がら、10から15種類しか種名が記載されていない。貴重な種類は本来個体数が少ないものであり、最終報告書に種名が
挙げられなかった生物種には、希少種が入っていた可能性が高い。全出現種のリストの開示、標本の公開が求められる。
これらの2点に限らず、日本ベントス学会から提出した2000年12月の意見書を再度検討していただき、貴重な沿岸生態系と
生物多様性の保全に関して真摯に御対応いただきたい。
2)海上での詳細調査については、前項に述べたとおり当海域の生物相に関する基礎的な資料が不十分であり、特に希少種

ナメクジウオの情報が不足しているため、性急な実施は控えるべきである。まず、希少なベントスに関する現状を十分に
把握し、その保全対策を十分に検討した後に、詳細調査実施の可否、実施するならばその方法と必要最小限の実施規模を
真摯に検討するべきである。
3)自然環境保全委員のメンバーが本年8月に現地を視察したところ、長島田ノ浦の海岸において、陸域詳細調査が行なわれ

ている場所の崖下にあたる潮間帯最上部に泥水の流入が確認された。こうした現象は詳細調査が行われる以前には見られ
なかったことであり、環境保全計画を遵守せずに濁水が排出された陸上のボーリング作業の影響であることはほぼ間違い
ない。沖縄県では農地や建設現場からの赤土流出によって、海洋生態系が甚大な影響を被っているが、本州においても、
沖縄とは土壌環境が異なるとはいえ、陸上からの急激な土砂・泥水の流出が沿岸生態系に好ましくないことは言うまでも
ない。詳細調査にあたっては、陸上から沿岸海洋への影響を考慮した作業規模と工法の検討を改めて行ない、新たな環境
保全計画を策定すべきである。
4)前述したように、本年9月に、陸上での詳細調査が環境保全計画を遵守せずに行なわれていたことが発覚した。原子力

発電所建設のための工事自体ではなく、事前の詳細調査においてさえ環境保全計画を遵守できない中国電力が、希少種の
保護とその生息環境の保全に向けた検討を十分に行なうことができるのか、強い危惧を覚える。中立的且つ学術的な調査の
実施とその結果の全面的な公開、さらには、第三者による評価を必ず行なうよう、強く要望する。

以上


<この要望書に関する問い合わせ先>
日本ベントス学会自然環境保全委員会 委員長
奈良大学 教養部 教授
岩崎 敬二
 〒631-8502 奈良市山陵町1500 奈良大学教養部
 TEL: 0742-41-9591(直通), FAX: 0742-41-0650 
 E-mail: iwasaki@daibutsu.nara-u.ac.jp