平成16年12月3日
国土交通大臣 北側一雄 殿

日本ベントス学会 会長 向井 宏  

船舶による海産外来ベントスの移出入の規制・管理に関する要望

 人間と物資の国際的な移動が活発な現在、数多くの生物たちも国境を超えて人為的に新たな場所へと持ち込まれています。この
外来生物の種数は世界的に増加の一途をたどっており、日本でも、近年、数多くの外来生物が発見されています。こういった
外来種の中には、移入先で爆発的に大発生して工業や農林水産業などの産業活動に甚大な損害を与え、伝染病の媒介などに
よって人間の健康を損ない、あるいはその地の生物多様性を脅かすような、有害な生物や病原菌も数多く知られています。
海産の外来生物の場合、その多くは軟体動物・甲殻類・多毛類・海藻などのベントス(底生生物)であり、その主な移入手段は、

船舶の安全な航行のために使われるバラスト水への混入と、船体への付着とされています。本年2月、国際海事機関(IMO:
International Maritime Organization)の会議において、「船舶のバラスト水および沈殿物の規制及び管理のための国際条約」
が採択され、バラスト水による水生生物の移動を防止する手段については、この条約によって国際的な枠組みができあがりつつ
あります。しかし、船体に付着して移動する海産ベントスに関しては、世界的に見てもまだ実態の把握が充分ではなく、国際的
な対策の推進も充分な状態にはありません。
 これまでに日本に移入された海産外来ベントスは、当学会の調査によって、少なくとも38種類存在することが確認されて
おり、その半数以上の22種は船舶によって移入されたものと推定されています。この中には、国際自然保護連合(IUCN)に
よって「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定されたムラサキイガイ(軟体動物門二枚貝綱)や、日本生態学会によって
「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれたカサネカンザシ(環形動物門多毛綱)なども含まれています。このような
外来種は、近縁種との交雑によって在来種の遺伝的組成を撹乱し、あるいは汚損生物としてカキ・アコヤガイ養殖などの
水産業や、船舶、臨海工業地帯の取水施設などに被害を与え続けており、その除去や防除のために、毎年、莫大な金額の費用と
労力が費やされています。こういった外来種の多くは、かつては東京湾と大阪湾など大都市圏の港湾とその周辺の海域に限って
分布していましたが、近年、全国の沿岸海域へと着実に分布を広げていることが、本学会の調査によってわかってきました。
一方、国際貨物の輸入大国である日本は、バラスト水の輸出大国であり、毎年約3億トンという莫大な量のバラスト水が日本

から海外へと運ばれています。それにともなって、数多くの日本在来の海産生物も、バラスト水に混入して北米、南米,ハワイ
諸島やオセアニア地域、さらにはヨーロッパへと運ばれています。この経路で世界各地へと移入された生物は40種以上と推定
されており、日本とその近海は、海産外来種の主要な供給地であることが世界的に知られています。その中には、移入先で
大発生して当地の経済や生態系に甚大な被害を与えた事例が幾つも知られており、オーストラリアで大発生している日本在来種
のキヒトデ(棘皮動物門ヒトデ綱)などは、国際自然保護連合(IUCN)によって「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定
されています。
 外来生物による被害の防止は、移入が起こる前に講ずる方が、技術・費用の両面で優れているとされています。海産生物の

場合、バラスト水への混入や船体への付着を極力抑制し、新たな国への持ち込みを防ぐことが重要で、そのためには、国際的な
協調と協力が不可欠です。しかし、日本は、本年2月に採択された「船舶のバラスト水および沈殿物の規制及び管理のための
国際条約」を未だ批准しておらず、バラスト水による海産ベントスの移入・移出の両面で、国際的な責務を果たしているとは
思えません。
 このような現状を鑑み、海産ベントスの海外から日本ヘの移入の防止、日本から海外への移出の防止と被害の予防のために、

以下の3点について、迅速に対処していただくよう、要望いたします。

1. 船舶のバラスト水への混入および船体付着による海産生物の移入・移出について、早急に日本での広範な実態調査を行い、
 その結果を公表すること。
2. 「船舶のバラスト水および沈殿物の規制及び管理のための国際条約」を批准し、バラスト水による外来生物の移動を防ぐため

 の国際的な協力体制を国内でも早期に確立すること。
3. 船舶によって日本に侵入した海産外来ベントスの分布拡大は、東京湾および瀬戸内海東部が基点となっている場合が多い

 ため、この海域に、新たな侵入種を早期に発見し、分布の拡大を未然に防止するためのモニタリング体制を早期に構築する
 こと。

    大臣におかれましては、上記の諸事情と要望をご勘案いただき、適切なご判断と措置をたまわりますよう、

                  お願い申し上げます。
 
a@  この要望書に関する連絡先:
    日本ベントス学会自然環境保全委員会 委員長 岩崎 敬二
     〒631-8502 奈良市山陵町1500 奈良大学 教養部
     TEL: 0742-41-9591(直通), FAX: 0742-41-0650 
     E-mail: iwasaki@daibutsu.nara-u.ac.jp
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<資料> 船舶によって日本に移入されたと推定される外来海産ベントスとそれがもたらした被害・損害の例

1. 船舶によって日本に移入されたと推定される外来海産ベントス(22種)
  軟体動物腹足綱:シマメノウフネガイ、ミノウミウシの1種
  軟体動物二枚貝綱:ムラサキイガイ、ミドリイガイ、コウロエンカワヒバリガイ、イガイダマシ、ウスカラシオツガイ、

   ホンビノスガイ
  環形動物多毛綱:カニヤドリカンザシ、カサネカンザシ
  節足動物甲殻綱:タテジマフジツボ、アミメフジツボ、アカシマフジツボ、アメリカフジツボ、ヨーロッパフジツボ、

   キタアメリカフジツボ、イッカククモガニ、チチュウカイミドリガニ、アオガニ
  原索動物ホヤ綱:クロマメイタボヤ、マンハッタンボヤ
  褐藻植物:ヒラムチモ

2. 日本における外来海産ベントスによる被害の諸例
(1)カサネカンザシ Hydroides elegans(環形動物門多毛綱)
  昭和44(1969)年〜昭和45(1970)年、養殖カキの当時の最大の産地であった広島湾一帯で大発生し、養殖カキの殻の

 表面を被って、その成長と身入りを極端に悪化させ、カキ養殖業に対して当時の金額で25億〜30億円(推定)もの被害が
 発生したことが報じられた(荒川、1971)。現在も、養殖網やブイ、船舶や発電所等臨海工業地帯の取水施設への固着に
 よる汚損被害は後をたたず、除去作業の難しさはつとに広く知られている。今後も大発生して,種々の被害を引き起こす
 可能性がある(西、2002a)。

(1) カニヤドリカンザシ Hydroides elegans(環形動物門多毛綱)
 原産地は不明だが,ヨーロッパでは移入後に大発生し,通水障害・取水障害など大きな影響を引き起こしている。日本に

 おいても内湾汽水域で大量に生息しており、昭和50(1975)年前後に、静岡県の浜名湖で異常繁殖して養殖カキに大きな
 影響を与えたことが知られている。その時には漁協単位での駆除作業が行われた。その後も、同海域では、大きな個体群が
 毎年観察されており、他の場所でもカキ殻や人工構築物に固着して、小規模ながら汚損被害を発生させている
 (西、2002b)。日本での分布確認海域はまだ広くない(岩崎ほか、2004)が、今後、全国的に分布を広げて、主要な
 汚損生物となる可能性が高いことが指摘されている(西、2002b)。

(2) ムラサキイガイ Mytilus edulis (軟体動物門二枚貝綱)
 昭和48(1973)年、広島湾の東部・広島県安芸郡音戸町のカキ養殖場一帯で大発生し、養殖カキの殻の表面を被って、その

 成長と身入りを極端に悪化させ、当地のカキ養殖業に対して約35%の減収をもたらしたことが報じられた。当時の金額で
 約5億円の損害と推定されている(荒川、1974)。昭和55(1980)年頃、東京湾における海岸付着生物全体の重量の80%
 を占め、その現存量は東京湾全体で2万トン以上に達することが報じられている。船舶や臨海工業地帯の取水施設などに
 対する汚損生物の代表的な種であり、「陸上にもこの種に匹敵する外来種は見当たらず、まさに日本沿岸侵略者の雄といえる」
 とされている。「本種の日本への侵入がなければ、汚損生物の防除・除去対策費はごくわずかな金額で済んでいたはずである」
 との指摘もある(梶原、1984、1985)。社団法人火力原子力発電技術協会の環境対策技術調査委員会が、平成4(1992)
 年に全国火力発電所(100地点、計296ユニット)を対象に行ったアンケート調査では、発電所あたりの付着生物回収量は
 年間数トン〜数百トンとなる地点が多く、1000トンを越す地点もあったという。ほぼ、半数の地点で過去に付着生物による
 何らかのトラブルを経験しており、年間の付着回収量が100トンを越えるとトラブルが増加する傾向にあるという。また回収
 量の多い地点では、いずれも回収した付着生物の処理・処分に苦慮している、とのことである(火力原子力発電技術協会環境
 対策技術調査委員会、2003)。真珠生産の母貝となる養殖アコヤガイへの汚損被害も、三重県英虞湾などで継続的に発生
 しており、その除去のために、毎年、かなりの労力が費やされている(梶原、1985)。1990年代後半に、北海道東部に
 生息する在来種のキタノムラサキイガイとの交雑個体が複数の研究者によって相次いで発見されており、在来種へのさらなる
 遺伝子浸透と遺伝的組成の撹乱が懸念されている(桑原、2001;井上、2001;渡部、2001)。

(3) ミドリイガイ Perna viridis (軟体動物門二枚貝綱)
 ムラサキイガイとともに,臨海工業地帯の取水施設の汚損生物の代表的な存在で,東京湾では,ムラサキイガイ以上に取水

 施設への被害が多いとされている(火力原子力発電技術協会環境対策技術調査委員会、2003)。汚損防止と汚損生物除去の
 ために莫大な金額が投入されているとされるが、電力会社等では「契約上の問題がある」との理由で、防除費用に関する
 情報は、今の所、一切明らかにされていない。

(5)コウロエンカワヒバリガイ Xenostrobus securis(軟体動物門二枚貝綱)
 本州・四国・九州の河口汽水域で分布が拡大しており(岩崎ほか、2004),今後,取水被害や汚損被害が生ずる可能性

 がある。在来のカキ類などとの生息地をめぐる競合が考えられる(木村、2001)。

(6)イガイダマシ Mytilopsis sallei(軟体動物門二枚貝綱)
 大西洋西部の熱帯から亜熱帯を原産地とする二枚貝で、1967年頃にインドに侵入して、インド海軍の船舶などへの汚損に

 よって、数百万ドルもの損害を与えたことが知られている。1999年にオーストラリアでも発見され、船舶や取水施設への
 汚損被害が予想されたため、2200万オーストラリアドルを費やして、根絶事業が行われた(Wittenberg & Cook, 2001;
 Canyon et al., 2002)。1970年代に日本で発見されており、本学会の調査によって、近年になってその分布を着実に広げ
 ていることが明らかになっている(岩崎ほか、2004)。インドのような汚損被害の発生や在来の付着生物との競合が、日本
 でも懸念されている。

(7)タテジマフジツボ Balanus amphitrite(節足動物門顎脚綱)
 1960年代には広く本州全土と四国・九州に分布を広げた。在来種のサラサフジツボを駆逐または大きく減少させた可能性が

 指摘されており、汚損被害も各地で報告されている(山口、1989)。

(1) キタアメリカフジツボ Balanus glandula(節足動物門顎脚綱)
 2000年に東北地方で初めて発見された最も新しい移入フジツボ。在来フジツボの生息場所と競合するため,部分的に競争的

 排除が起こっているものと考えられている(Kado, 2003)。

(9)アメリカフジツボ Balanus eburneus(節足動物門顎脚綱)
 1970年代までに広く本州全土と四国・九州に分布を広げた。カキ・アコヤガイ養殖や取水施設への汚損被害を引き起こす

 生物として知られている(山口、1989、2002)。

(10)ヨーロッパフジツボ Balanus improvisus(節足動物門顎脚綱)
 上記のアメリカフジツボと同じく、1970年代には広く本州全土と四国・九州に分布を広げた。カキ・アコヤガイ養殖や取水

 施設への汚損被害を引き起こす生物として知られている(山口、1989、2002)。

(11) チチュウカイミドリガニ Carcinus aestuarii(節足動物甲殻綱)
 地中海を原産地とする。1984年に千葉県富津市竹岡海岸と横浜市山下公園で発見され、その後、大阪湾,洞海湾,博多湾へと

 確実に分泌が広がっている。こういった大きな内湾の人工海岸域では優占的に生息しており、その捕食活動による固着生物へ
 の影響はかなり大きいものと考えられている(風呂田、2004)。

引用文献
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