平成16年11月19日

農林水産大臣 島村宜伸 殿

日本ベントス学会 会長  
向 井 宏  

水産物の輸入にともなう外来ベントスの移出入の規制・管理に関する要望


 人間と物資の国際的な移動が活発な現在、数多くの生物たちも国境を超えて人為的に新たな場所へと持ち込まれています。この外来生物の種数は世界的に増加の一途をたどっており、日本でも、近年数多くの外来生物が発見されています。こういった外来種の中には移入先で爆発的に大発生して農林水産業や工業などの産業活動に甚大な損害を与え、伝染病の媒介などによって人間の健康を損ない、あるいはその地の生物多様性を脅かすような、有害な生物や病原菌も数多く知られています。
 水生の外来生物の場合、軟体動物や甲殻類などのベントス(底生生物)が水産生物として輸入されて野外へ放流され、あるいは養殖施設から野外に逸出することが、主な移入手段の一つとされています。また、輸入水産生物の種苗の中に別種の外来生物が混入しており、輸入水産生物とともに野外に非意図的に放たれていることも知られています。
当学会の調査によれば、これまでに17種以上の外国産のベントスが、輸入水産物や増養殖の研究用として、あるいは輸入水産物種苗に混入して日本に移入されています。その中には、国際自然保護連合(IUCN)によって「世界の侵略的外来種ワースト100」に選定されたチュウゴクモクズガニ(別称:上海ガニ)も含まれています。このカニは、中国からヨーロッパなどへと移入されて大発生し、旺盛な捕食作用を通して移入先の生態系を大きく改変させてしまったことが知られています。しかし、現在、食用水産生物として日本各地に輸入・養殖されており、ヨーロッパと同様に在来種や在来生態系への大規模な被害を引き起こす恐れがあります。また、この種は哺乳動物の寄生虫である肺吸虫の中間宿主となるため、人間への寄生虫症の発生と被害の拡大も懸念されています。同じく中国原産のシナハマグリも、日本固有種であるハマグリの代用水産生物として輸入・放流されており、交雑によって日本在来のハマグリの遺伝的組成を撹乱する恐れが指摘されています。タイワンシジミ種群などと呼ばれる外来のシジミ類も日本各地で発見されており、交雑や競争的排除による日本在来のシジミ類への悪影響が懸念されています。
 また、アサリのように、日本在来種ではあっても中国・韓国・北朝鮮など外国産の個体が輸入されて日本各地に放流されているベントスが数多く存在します。その輸入水産生物の種苗の中にも、別の在来種の外国産個体が数多く混入しており、輸入水産物生物とともに野外に放たれています。こういった、外国産の個体が移入されている日本在来のベントスは、当学会などの調査で24種類以上確認されており、サキグロタマツメタ(軟体動物門巻貝綱)のように放流先で大発生してアサリなどの水産生物を食害するという問題が各地で発生しています。日本在来の個体群の遺伝的組成を撹乱する可能性も高く、その被害の拡大、特に、水産生物の食害による経済的打撃が懸念されています。このように、外来ベントスが引き起こす諸問題は、世界に誇る日本固有の食文化と水産文化を大きく改変させてしまう可能性があります。
 さらに、日本では在来水産生物の国内での移動も大変に盛んです。国内の限定された海域に生息している水産生物を、増養殖の目的で国内の別の海域へと移動させる水産的営為です。これによって、数多くの海産生物が自然分布域の外へと運ばれており、移入先の在来生態系に少なからぬ影響を与えていると考えられます。
しかし、このような水産的営為によるベントスの移入の実態も、在来種や在来生態系、水産業に与える影響も、全国的な規模ではまだ全く把握されておりません。水産的営為による外来生物の移入とそれにともなう被害を未然に防ぎ、水産業の健全な発展と日本の沿岸海域の生態系の保全を進めるために、以下の3点について、迅速に対処していただくよう、要望いたします。

  1. 増養殖用の水産生物種苗の国外からの輸入量とその経路、および国内での移動量とその経路を早急に把握しつつ、水産的営為による外来ベントスの移入の実態を、早急に把握すること。
  2. 水産的営為によってもたらされた外来ベントスによる在来生物への遺伝子浸透・遺伝的組成の撹乱、在来生態系や水産業への被害の実態を、早急に把握すること。
  3. 本年5月に制定された「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」にもとづいて、被害が予想される外来ベントスに対しては、関連する機関や業界・業者に対して導入防止の措置を義務付け、モニタリングの体制を確立するなどの予防的かつ効果的な施策を講ずること。


   大臣におかれましては、上記の諸事情と要望をご勘案いただき、適切なご判断と措置をたまわりますよう、
                   お願い申し上げます。

この要望書に関する連絡先:
   日本ベントス学会自然環境保全委員会 委員長 岩崎 敬二
   〒631-8502 奈良市山陵町1500奈良大学 教養部
   TEL: 0742-41-9591(直通)、FAX: 0742-41-0650
   E-mail: iwasaki@daibutsu.nara-u.ac.jp

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  <資料> 水産的営為によって日本に移入されたベントス(水生底生生物)
                   (岩崎ほか 2004;大越 2004より)

1 国外から移入されている非在来種(従来、日本に生息していなかった種)
1) カムチャッカアワビHaliotis (Nordotis) kamtschatkana(軟体動物門腹足綱)
2) セイヨウトコブシHaliotis tuberculata(軟体動物門腹足綱)
3) カラムシロ Nassarius sinarus(軟体動物門腹足綱)
 中国産の肉食性巻貝で、おそらく、中国大陸から輸入・放流されているアゲマキなど食用貝類に混入して日本各地に分布
 するようになり、有明海では、2000年と2001年にハゼ漁などに甚大な被害を与えている。(福田、2004)
4) トライミズゴマツボStenothyra sp. (軟体動物門腹足綱)
 おそらく朝鮮半島産の巻貝で、輸入・放流されているアゲマキなど食用貝類に混入して日本各地に分布するようになった。
5) イガイ科の1種Sinomytilus sp.(軟体動物門腹足綱)
 学名はまだ未確定だが、輸入されたシジミ種苗に混入していることが確認されている。
6) ミドリイガイPerna viridis(軟体動物門二枚貝綱)
 東京湾や大阪湾の臨海工業地帯の取水施設の汚損生物の代表種の一つで、この種の除去のために莫大な金額が費やされて
 いる。東京湾や大阪湾への移入は、船舶に寄るものと考えられているが、沖縄県では、1980年代に、増養殖試験のため
 に、フィリピンから移植された。移植試験は中止されたが、定着した個体群が、現在でも試験跡地に残存している。
7) ヨーロッパヒラガキOstrea edulis (軟体動物門二枚貝綱)
 増養殖目的で日本に輸入されたが、野外での定着は確認されていない。
8) オリンピアガキOstrea lurida(軟体動物門二枚貝綱)
 増養殖目的で日本に輸入されたが、野外での定着は確認されていない。
9) オリンピアガキOstrea lurida(軟体動物門二枚貝綱)
 増養殖目的で日本に輸入されたが、野外での定着は確認されていない。
10) アメリカガキCrassostrea virginica(軟体動物門二枚貝綱)
 増養殖目的で日本に輸入されたが、野外での定着は確認されていない。
11) タイワンシジミ種群 Corbicula spp.(軟体動物門二枚貝綱)
 中国大陸を原産地とするこの二枚貝の1種は、アメリカ合衆国に侵入して以降河川などで大繁殖し、在来の二枚貝の生息
 を圧迫し、河床を盛り上げて船舶の通行障害や導水管の通水障害を引き起こしている。その損害額は毎年10億ドルに
 上ると見積もられている。(Pimental, et al., 2002)
  本種群は、分類がまだ確定していないために、種名を記することができないが、淡水産と汽水産の複数種が、日本に
 移入されていると思われ、1980年代後半から各地で発見されている。2002-2003年の本学会の調査によって、その
 分布が着実に広がっていることが明らかになっている。今後の被害の発生が大いに懸念される二枚貝である。
12) カガミガイ属の1種Phacosoma gibba(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
13) シナハマグリMeretrix petechialis(軟体動物門二枚貝綱)
 日本固有種のハマグリの代用水産物として1960年代から日本に輸入され、各地で放流されている。まだ、ハマグリとの
 交雑・遺伝子浸透は確認されていないが、その可能性が指摘されている。
14) コウライエビPenaeus chinensis(節足動物門甲殻綱)
15)アメリカンロブスターHomarus americanus(節足動物門甲殻綱)
16) ヨーロッパロブスターHomarus gammarus(節足動物門甲殻綱)
17) チュウゴクモクズガニEriocheir sinensis(節足動物門軟甲綱)
 中国原産のカニで、河川・汽水域・海岸域に生息する。ヨーロッパでは大発生して、活発な捕食によって在来生態系の
 生物多様性に大きな影響を与えたことが知られている。また、人間を含む哺乳動物を最終宿主とする肺吸虫の中間宿主
 であり、人間への寄生虫症の発生と被害の拡大も懸念されている。

2. 国外から移入されている在来種(日本在来種だが、外国の個体群が移入されている種)
1) イボキサゴUmbonium moniliferum(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
2) ホソウミニナBatillaria cumingii(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
3) サキグロタマツメタEuspira fortunei(軟体動物門腹足綱)
 日本では有明海だけに生息する肉食性の巻貝だが、中国から輸入されたアサリ種苗に混入し、中国産アサリとともに日本
 の干潟に放流されていることが、2000年に発見されている。宮城県万石浦、福島県松川浦、千葉県小櫃川河口、三重県
 櫛田川河口などで大発生し、アサリなどの水産生物への食害を引き起こしている。万石浦や松川浦では、地元漁協による
 一斉駆除が行われている。
4) ツメタガイGlossaulax didyma(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
5) ハナツメタGlossaulax reiniana(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
6) アカニシRapana venosa(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
7) アラムシロReticunassa festiva(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
8) ウネハナムシロVaricinassa varicifera(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
9) コロモガイCancellaria spengleriana(軟体動物門腹足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
10) アカガイScapharca broughtonii(軟体動物門二枚貝綱)
 中国産の個体が毎年、大量に輸入され、放流されている。日本産の個体とは遺伝的組成が大きく異なっていることが確認
 されている。
11) サルボウガイScapharca kagoshimensis(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
12) マガキCrassostrea gigas(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
13) バカガイMactra chinensis(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
14) シオフキMactra veneriformis(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
15) ヒメシラトリMacoma incongrua(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
16) アゲマキガイSinonovacula constricta(軟体動物門二枚貝綱)
 中国または朝鮮半島から大量に輸入され、有明海などに放流されていることが確認されている。
17) カガミガイPhacosoma japonicum(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
18) アサリRuditapes philippinarum(軟体動物門二枚貝綱)
 中国・北朝鮮産の個体が、大量に日本に輸入され、各地に放流されている。このアサリ種苗の中に、ここに掲げた数多く
 の外来個体が混入しており、アサリとともに、各地に放たれていることが確認されている。
19) オキシジミCyclina sinensis(軟体動物門二枚貝綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
20) ミドリシャミセンガイLingula unguis(腕足綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。
21) イソゴカイPerinereis nuntia(環形動物多毛綱)
 釣り餌として主に朝鮮半島から大量に輸入されているもので、海岸に遺棄されていることが確認されている。
22) アオゴカイPerinereis aibuhitensis(環形動物多毛綱)
 釣り餌として主に朝鮮半島から大量に輸入されているもので、海岸に遺棄されて定着していることが確認されている。
23) イワムシMarphysa sanguinea(環形動物多毛綱)
 釣り餌として主に朝鮮半島から大量に輸入されているもので、海岸に遺棄されていることが確認されている。
24) マメコブシガニPhilya pisum(節足動物門甲殻綱)
 中国から輸入されたアサリ種苗に混入していることが確認されている。

引用文献
 岩崎敬二・木村妙子・木下今日子・山口寿之・西川輝昭・西栄二郎・山西良平・林 育夫・
  大越健嗣・小菅丈治・鈴木孝男・逸見泰久・風呂田利夫・向井 宏(2004)日本における海産生物の人為的移入と
  分散:日本ベントス学会自然環境保全委員会によるアンケート調査の結果から. 日本ベントス学会誌、59:22-44.
 大越健嗣(2004)輸入アサリに混入して移入する生物ム食害生物サキグロタマツメタと非意図的移入種. 日本ベントス
  学会誌、59:74-82.
 Pimental, D., Lach, L., Zuniga, R. and Morrison, D.(2001)Environmental and economic costs associated with
  non-indigenous species in the United States. 『Biological Invasions: Economic and Environmental costs of
  Alien Plant, Animal and Microbe Species』(D. Pimental, ed.), pp. 285-303. CRC Press.